こんばんは、ゴドーです。
いろいろな形で同じようなことを書いていますが、Whatを考える前にWhyを考えることは、様々な場面で役に立ちます。
研究で言えば、結論より先に目的を考えるということになります。
より普遍的に換言すると、結論だけでなく判断基準をセットで用意しろということになるでしょうか。
たとえば、研究ミーティングが炎上しているときは、たいていWhyのところで共通理解ができていないとき。
ピラミッドストラクチャーの上位が合意できていない以上、それ以下でどれだけ議論しても意味がありません。
抽象的なことが互いに納得できて初めて、細かいところの議論が始められると。
世の中にある大抵のルールは、物理的な制約によるものというよりは、なんらかの理由があって設定されているもの。
よくわからないルールがあったら、単にそのルールの不備を指摘するのではなく、そのルールが実在している理由について考えてみるべきですね。
理由を理解した上で、その理由が不適切である理由を合理的に説明するという手続きを踏まなければ、ルールの変更は難しいし、また不用意な変更で困ることになりかねないでしょう。
それでは、また。
/ゴドー