こんばんは、ゴドーです。
今日は社内の有志勉強会で、いろいろと面白い議論を聴くことができました。
考えたことをこの場にまとめるには紙面も時間もないのですが、主に科学哲学の話だったかと。
科学が社会や政策において取り入れられている現代、非専門家の意思決定に科学が入り込み、否応なしに科学的判断を迫られることになります。
当然、非専門家である一般人には正確な判断が難しいので、専門家や行政、メディアなどの解説を必要とするわけですが、ここに科学をどう語るかという文学的要素が入ってくるのですよね。
そもそも科学的であるというのはある種の手続きや思考の姿勢を示す言葉であり、社会問題をどう判断すべきかまで何らかのモデルや方程式が導いてくれるとは限りません*1。
どう社会を舵取りしていくかの議論と、そこで用いられる科学的な証拠とを区別することが重要ですね。
それでは、また。
/ゴドー
*1:限りません、と書きましたが、多くの場合は導いてくれないというのが現実だと思います。