プロジェクション・フィルム(仮)

いろいろ考えたことを言語化して焼き付けておくためのブログ。話題は研究・身体・生活から些細な日記まで雑多に。ほぼ毎日21時更新です

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「人間って何?」小説の形をとった一大思考実験 森博嗣 Wシリーズ

森博嗣先生の新作SF小説『天空の矢はどこへ? Where is the Sky Arrow?』を読了しました。これは『彼女は一人で歩くのか? Does She Walk Alone?』から始まる通称Wシリーズの第9作目。再生医療が進み、人間が寿命死を迎えることのなくなった未来。人工細胞と人工知能によって生み出された人造人間「ウォーカロン」、高度なスーパコンピュータに宿るAI、そして特定の媒体に限定されず、電子空間を飛び回るもう一つの人工知能「トランスファ」と、刺激的な存在が次々登場します。

 

小説の形をとった一大思考実験

このシリーズを非常に面白いと感じる理由の一つは、上述した人間以外の知能の在り方が提示されることで、逆説的に「人間って何?」という有史以来の問題に対する様々なアプローチが生まれ、小説の形をとった思考実験となっていること。寿命による死を克服した人類にとって、「生きる」とは何なのか? ナチュラルな細胞をもって生まれる人間と培養細胞とインストールされた知性をもって生まれる「ウォーカロン」の対比は、現在のクローン問題の発展形だし、プログラムされた存在であるAIとの会話は、「人間らしさとはどこからくるのか?」ということを考えさせる。電子空間の住人である「トランスファ」が登場し、いよいよ「知性」や「存在」が躰から切り離されていく。情報学や哲学が森先生の専門分野という訳ではないのに、大学教授クラスの知能が発想すると、ここまで深い世界観が生まれるんですね…。

非常に良質なエンタメ小説

もちろん、このWシリーズは小説でありエンターテインメントなので、専門書のように腰を据えないと読めないものでは全くありません。主人公の科学者を中心とするユニークな登場人物たちのどこかズレた会話や、現実世界と電子空間が絡み合ったドンパチ、クールなようでいてある種の人間味を感じさせる人工知能たちなど、非常に良質なSFになっております。定義次第ではラブコメといえなくもないかもしれません。

森作品がファンを惹きつける要素のひとつに、別シリーズとして刊行された小説群が、実は共通の世界観のなかで、様々な時系列(といっても現代~数百年後のレンジがありますが)を切り取ったものになっているという点があります。このWシリーズもそのひとつで、未来世界の話ではありますが、現代(90年代?)を舞台にした『すべてがFになる THE PERFECT INSIDER』から始まるS&Mシリーズの登場人物の名前が出てきたり。

という訳で、もちろん別シリーズの本と合わせて読めば一層おもしろい構造になっていますが、そこは流石プロの小説家、このシリーズ単体でも当然楽しめるようになっていると思います。まずはこのシリーズから初めて、森イズムに興味を抱いたら、改めて過去作に手を出すのもアリかと。

 

SFファンや、クローン・人工知能が進歩した未来世界がどうなるのか気になる方、現代世界とは別のファンタジーに触れたい方などは、とりあえずWシリーズ1作目『彼女は一人で歩くのか?』を手に取ってみることをおススメします!